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ついに次世代 新型車完成

1960年代に日本のモータリゼーションは幕を開け60年代には国策でマイカー普及のための取り組みが実施され、それまでは富裕層だけのツールだったのが、庶民にも手が届くような価格で実用性があるもので提供できるようになり、自家用車に乗ることができるようになりました。

そして1970年代に入るとモータースポーツからのフィードバックが市販車にもされるようになり、スポーツカーというものが、数多く輩出されていきました。

そんな1970年代でしたが、オイルショックに始まり、73年の排ガス規制が加わり自動車業界が壊滅的なダメージを負い、暗黒の時代へと入っていきました。それは、長く続き実質的には1990年代に入るまで続いたのでした。

排ガス規制が入った各社のエンジンからキャブレターというものが排除され代わりにインジェクションなるものが普及しましたが、既存のエンジンに付け替えただけの付け焼刃的なもので、エンジン性能は極端に落ち、スポーツカーのカテゴリーは各社ほぼ壊滅的で、リッターカーのファミリーカーよりも出力が落ちてしまうありさまだったのです。

そんな1970年代後半からポンつけターボが普及をはじめ一応それまでのエンジン出力に表向きはなったものの、レスポンスを含め到底以前のようなものとはなりませんでした。

1980年代中盤から日本経済はバブルと言われる好景気となり、各社開発費を湯水のように使えるようになったところで、ようやく本当の意味での開発が開始されたのでした。開発から何年たったのか、1990年代の前半にそれまでの旧式のエンジンとプラットフォームに見切りをつけ、本当の意味での新開発のクルマを各社販売し始めました。

本日は4代目トヨタスープラに焦点をあてて見たいと思います。

トヨタの直列6気筒エンジンというと、それまでは1960年代に基本設計されたM型を中心に、80年代に開発された1GーGTEがありましたが、いずれももはや古いエンジンでした。旧式エンジンを新しいボディに搭載するなんだかチグハグな開発もどきみたいなクルマが多く出回っていたんです。

そんな時代にようやく終止符が打たれました。

1993年に発売されたA80型のスープラはそれまでのM型でも、1Gでもない新しいエンジンJZ型エンジンを搭載して、本当の意味での新開発のクルマがやっと投入されたんです。

2JZ型エンジンは3000CCで出力こそ280psと当時の自主規制枠いっぱいの出力で、トルクは46kg-mとノーマルでも十分モンスターで的な出力だったのです。


実はこのエンジンチューンナップ次第では1000psを余裕で超えていくポテンシャルを持ったエンジンで、20年経った今でもチューニングのベースエンジンになっているんです。

1993年は日本ではバブル崩壊という時代の節目というか、時代が変わった後で、それまでのイケイケな感じの開発は終わり、世の中的にも節約、省エネ、など無駄を排除する動きが活発になっていきました。それでもあえて新しい時代の新しいクルマを発売するあたりはやはり、トヨタというしかない感じの儲かっている会社らしい判断だったようです。

当時日本では初となる6速マニュアルを搭載し、大型ブレーキキャリパーを搭載フロント対向4ポットリア対向2ポットを装備するなどエンジンパワーに負けない足回りやブレーキを搭載した新世代のクルマであったんです。

当初は国内では認可が下りなかったため、北米の輸出向けに採用されていたようです。

スープラは新型が最近発売されましたが、販売価格が桁違いで当時の価格より数倍となり、なかなか手が出せないクルマとなってしまいました。そんな意味でも4代目スープラの程度がよいものを購入して所有を楽しみながら、修復もしていくなんて楽しみ方も面白いかもしれませんね。。

そんなA80型スープラは今一体いくらくらいするのでしょうか?

https://www.carsensor.net/usedcar/detail/VU1432999354/index.html?TRCD=200002

まぁまぁですね。この年式のこの価格で修復歴なしです。

ある程度古い車なので、多少のメンテナンスは必要になってくるかもしれませんが。。
https://www.carsensor.net/usedcar/detail/VU1658385411/index.html?TRCD=200002

誰が持っていたのか奇跡のようなクルマがあるものですね。。この年式のこの走行距離がもし本当ならこの価格も決して高いわけでは無いのでしょうが。。

新型と大して変わらない。。?それでも半額以下なので、良いのかもしれません。純粋に国産という意味においてはこのA80型スープラはお買い得かもしれません。

当時も高額だったため走り屋の若者があまり手が出せなかったせいか修復歴なしのクルマが多く見られます。

いかがでしょうか。。?

バブル崩壊後のモンスターマシン。今購入して大切にしながら乗っていくのもひとつの楽しみ方だと思います。

本日はバブル後本当の意味で70年代を払拭しきった純国産新開発トヨタA80スープラのお話でした。

 

本日も最後までお読みいただき

ありがとうございました!

王道旧車

1960年代に日本のモータリゼーション幕を開けました。今までは乗用車というと富裕層向けで、一般市民が乗れるような価格のクルマはほとんど存在しない時代だったんです。

戦後十数年たち国の政策で一般庶民にも購入できる安価で、丈夫なクルマを作るように自動車メーカー各社は依頼され?研究を重ね安価で丈夫なしかもそこそこパワーのあるクルマを発売していきました。

国内はもとより海外に視野を広げ特に北米マーケットを重要視していたのは日産でした。日産は北米向けに新たな車種の開発を行っていったのでした。ジャガーEタイプのようなそんなファーストバックスタイルのクルマを国産で作るプロジェクトから誕生したのがフェアレディーZでした。

確かにジャガーEタイプの面影が残る感じのクルマですね。今だったらジャガーからクレームが入るのではないかと思うほどフォルムが似ている感じです。

当時は画期的なクルマで、エンジンも直列6気筒エンジンは国産車ではあまりなく、プリンスグロリアのG7エンジンを改良して作り上げたL型2000CCのエンジンを搭載したのでした。

L型エンジンは鉄の鋳造製のエンジンでターンフローと言って吸気と排気が同じ側についているエンジンでした。同じシリンダーブロックを使いながら排気量を分けることが可能なエンジンでさまざまな排気量のエンジンが存在ました。

基本となる2000CCは最終的に130psの出力となり、1tそこそこのボディには十分な出力と言えそうですね。

キャブのエンジンは、音もよく今の車にはない物が多く備わっています。足回りも当時は珍しく4輪独立懸架を採用していました。エンジンの耐久性と足回り、そしてボディーはものコックボディーを採用し車重も軽く、クルマの性能はジャガーEタイプやポルシェ911に肉薄するほどの性能を発揮していたのです。

価格もアメ車より全然安価で性能が良いことからZカーなどと言われ非常に高い人気を誇っていたクルマでもありました。ロングノーズショートデッキスタイルの国産量産車としては初のクルマです。

内装も黒を基調としており、メーターも連続で並びスポーティさを演出しています。国産スポーツカーの分野では先駆け的な存在で2000CCを中心に2400CCの240ZやGノーズという通常のものよりも若干長い車種もありました。

中でも人期はレアなのが、S20ツインカムエンジンを搭載した423と呼ばれるグレードです。4バルブ・3キャブレター・2カムのエンジンで当時日本のエンジンとしては最高峰のエンジンだったのです。


アメリカ市場では低回転からトルクのあるL型エンジンは元々のアメ車と同様にトルク重視型だったためすぐに受け入れられ、価格も安価であったことから大ヒットしたクルマです。販売から9年で全世界で55万台日本で8万台もの台数が登録されたようです。

この数字って凄い数字で、6年間で30万台売ったS13シルビアと同様で更に長い期間販売し続けられたということなんです。

かれこれ50年前のクルマですが今見てもとてもカッコよく、一度は乗ってみたい車のひとつであります。

そんな初代フェアレディーZはいったい今いくらするのでしょうか?

https://www.carsensor.net/usedcar/detail/CU2206480293/index.html?TRCD=200002

クラシックの王道をいくクルマですね。そんな価格になるなんて。。10年くらい前ならもっと
手が届く程度の価格だったのに。。

この頃の国産スポーツはエクステリアもエンジンも一番イケていた時代のクルマで、数量も少なくなっていて希少価値がさらに上がり、ほしいと思う人も多いためこんな価格なんでしょうね。。

それにしても、もう手が出ない価格です。どんな人が購入できるんだろう。。本日は国産クラシックカーの王道
日産初代フェアレディーZのお話でした。

本日も最後までお読みいただき

ありがとうございました!

安くてカッコいいくるま

1990年代ももはや最近だと思って
いたらなんと30年も前になって
しまったんですね。。

 

 

なんかバブルのころってもうそんな
前なんだ。。
って最近になって気が付いたのですが。。
時が経つのって早すぎるな。。って

 

 

あのころはまだ社会人になったばかりで、
何のクルマ買おうかな?なんて思って
いて、でも旧車がいいななんて
当時から思っていました。

 

 

その頃はやっていたクルマで唯一
興味があったのがユーノースロードスター
でした。

国産のライトウェイトではだいぶ昔
1967年に発売したフェアレディーSR311
あたりからオープン2シータは発売されてなく、

ライトウェイト&オープン2シータは
実に20年ぶりくらいの発売でした。

当時新車価格が169万円からって
メチャ安くないですか?
今なら300万円程度な気がします。

 

 

もう30年前

もちろん平成のクルマなので、
排ガス規制はクリアしており、
速さもそこそこ、軽くてハンドリングもよく
風を切って走れるとなれば、

売れないわけがありません。
当時納車待ちの人気でした。

 

 

パワーはそこそこ130psでしたので、
悪くもない感じですが、
車重が1tそこそこなので、
ハンドリングが良いのと、
人馬一体的なところが
このクルマの魅力でした。

 

 

そんなロードスター
30年近く時が経ち、
生存しているクルマでも
だいぶヤレてきている、

もしくはサビがひどくなり、
再生が必要になっている筐体が
多いのではないでしょうか。。?

 

 

少し前なら割と値段もこなれて
いたのですが、旧車に引っ張られる
感じで少しづつ値段が上がって
きているように思います。

 

 

じわじわ上がってます。
まだ間に合うので、
程度良いものを
安価で購入するなら今です!!

 

 

どんなレストア?

パーツはディーラーからは
出なくなる年代ですが、
マツダロードスターのレストア事業を
展開していることから

 

 

ある程度のパーツは手に入るので、
程度良い個体を探して
フルレストアするか自分で少しずつ
直して乗るか、
今ならまだ選択肢がありますね。

 

 

この年代のクルマなら、
カスタイズするのもアリですね。
外装系のパーツは流石にないかもしれませんが
エンジンや足回り系はまだ探せば出て
来るかもしれません。。

 

 

個人的にはこのエンジンにソレックスなど
の昔のキャブレターを付けたら
面白いのではないかと思います。

 


いまではソレックスのキャブレター
自体が入手しづらいかもしれませんね。。

OCRのキャブレター なら新品で入手
可能なのでその選択肢もアリですね。

 


この年代のクルマの外装はパーツが
ないのが通常ですが、
先ほどのレストア事業のお陰で
(外装も簡単に?)
レストアできそうです。

 

 

マツダにフルレストアを依頼すると
内容によりますが、350万円から
作業してもらえるそうです。
https://www.mazda.co.jp/carlife/classicmazda/restore/
安いと思うか高いと思うかは
出す人次第ですが。。

 

 

手間や時間を考えると、
かえって安いのかもしれませんね。。

 

 

中古車で程度が良い価格の高いものを
レストアする方が安上がりなのか、
価格が安いのをフルレストアして
もらった方が安いかはわかりませんが、

程度が良い方が作業する人も手間が
かからないので、早くレストアが
完了するのだと思います。

 

 

総じてみると前者の方が
良いのかも知れませんね。

 

 

今ならまだ選ぶ余地が残っています。
お探しの方はお早めに!

 

 

本日は1990年代のライトウェイト
スポーツカーユーノースロードスター
のお話でした。

 

 

本日も最後までお読みいただき
ありがとうございました!

X70系マークⅡ

コロナから脱却

1980年代の中盤から

国産車の開発は日本の景気と連動していることが多く、古くは高度経済成長期その後のバブル景気のころに目立った開発が行われ多くの名車を産出してきました。

1980年代の半ばにバブル景気が花開くと開発は留まるところを知らず、次々と新しいエンジンや、プラットフォームが開発されていきました。

本日はX70系トヨタマークⅡについてお話したいと思います。

 

元々はトヨタのエンジンの基本設計は古いものが多く、M型は1953年から構造が変わっていませんでした。結局進化しながらも93年まで約40年もの間使いまわしていたのですから、驚きます。

X70系マークⅡはそのM型から80年代にあたらに開発したG型系のエンジンをいち早く搭載したモデルです。2000CC直列6気筒、比較的長いストロークでトルクもM型に比べると太く、後に発売される1G-GTEUは日本で初めて発売されたツインカムツインターボのエンジンでした。

当時はまだ70年代の排ガス規制の面影がかなり強く残り、それまでのものを使いまわしていたのですが、非力なことは否めませんでした。

当時のツインカムツインターボは頑張っていましたが、頑張って160psと現代のクルマに比べるとかなり非力でしたが、それはそれで当時は高出力の部類に入る出力だったのです。

エクステリアは80年代に多かった直線を基調としたデザインで、エッジの効いたボクシーなデザインは今見ても潔く美しいデザインだと思います。

80年代は今のクルマの違い比較的直線をベースにしたモデルが多く存在していました。

エンジンもツインカムツインターボエクステリアもスッキリとした直線系当時のスペックとしては4ドアのクルマとしてはハイスペックでインテリアもデジタルメータなどバブル臭漂ういわゆる『ハイソカー』でした。

当時の価格は250万円を中心にしていましたので、ハイソサイエティーと言えばハイソサイエティーなクルマで丁度日本のサラリーマンの収入レベルが『中流』などと言われ始めた?時代で下ではないけど最高級でもない中流なクルマの代表格的な車種でした。

そんな車種のフラッグシップとしては今となっては非力ですが、当時としてはセンセーショナルな出力だったりしました。

当時ソアラやスープラでも5Mや7Mの古いエンジンを搭載しながら、『最速』や『最高出力』などと謳っていたことを考えると1Gは80年代開発で新しく潔いといえるのではないでしょうか?

全てにおいて潔いクルマで現代の物と比較しても上出来な国産車なのではないでしょうか。

そんなX70系マークⅡツインターボは今一体いくらなのでしょうか。。?

https://www.goo-net.com/usedcar/spread/goo/15/700020356830191220001.html

希少5Fのクルマです。年式を考慮すると走行距離は仕方無いのかもしれませんね。。

https://www.goo-net.com/usedcar/spread/goo/10/700030076330191025002.html

中高年が好んで乗る車だったからでしょうか。。?こんな奇跡のクルマがまだあるようです。

https://www.goo-net.com/usedcar/spread/goo/15/700060008130190616001.html

結構ありますね。。この車種ならまだ探せば程度が良い車両があるので、じっくり選んでゆっくりと時間をかけてレストアするのも面白いかも知れませんね。

本日はバブル時代を代表するハイソカートヨタX-70マークⅡのお話でした。

 

本日も最後までお読みいただき

ありがとうございました!

バブル時代憧れの

1980年代に入ると排ガス規制をクリアした新しいエンジンや見た目も新しい時代を刷新したような素晴らしいクルマたちが多く創られました。

それは時代がバブル経済真っ盛りに突入
していたからかもしれません。

各メーカーには開発費が湯水のように

与えられ、今では考えられないような
クルマが開発されていきました。

そんなバブル真っ盛りのほんの少し前
70年代から80年代に切り替わり、世の中も新しくなりました。

当時流行った歌やアイドルも刷新されて本当に新しい時代がやってきたんだなぁと子供ながらに思いました。

憧れたこのクルマ

そんな1980年に登場したクルマで
世間をあっと言わせた往年の名車が
トヨタ『ソアラ』です。

70年代にはないコンセプトメルセデスベンツやBMWに匹敵するような高級車。

しかも早くてラグジュアリー当時のクルマにはないものをたくさん詰め込んでデビューしました。

2ドアでラグジュアリーで早いクルマ人気が出ないわけはなく、相当数販売されたのではないかと思います。

初期モデルのZ10型は発売は1981年~1986年まででした。

スペックも70年代のものとは違いターボを搭載したり、DOHCのヘッドを組み合わせたものでした。

基本エンジンはM型でトヨタ2000GTの3Mの系統と同じですが、当初は5MのDOHCとSOHCにターボをプラスして搭載していました。

他にG型系のエンジンも存在し、合計2種類のエンジンをグレードによって使い分けていたんですね。

このクルマ1986年のモデルチェンジでバブル最好調を迎え時代背景も手伝い
『ハイソサイエティーカー』なんて言葉が生まれたころの本当の意味でハイソカーだったんです。

 

2代目は初代と比べ角が取れ丸みを帯びた形になり、少し小さくなった印象でした。

日産のレパードを意識したつくりなのでしょうか。。?外見が少し似ている気もしますが。。

マイコン制御のエアサスやオートエアコンはもちろん何と言っても、デジタルメーターが印象的でした。

2000ccはツインカムツインターボを搭載、3000ccはNAを搭載していました。

本当の意味でバブル真っ盛りのバブルの申し子的な1台です。

学生はみんなあこがれの的でいつか買いたいと思う人が多かったんです。

流行ったこのクルマ

このクルマも1980年代初頭デビューして一世を風靡しました。

先ほどのソアラよりも庶民的で頑張れば買えそうなそんな1台でした。

 

マツダ5代目ファミリアです。超大ヒットしたクルマでマツダの経営危機を救ったクルマって言われているんです。

『赤のファミリア』キャリア積んで、サーファーでもないけどボードを積んで走る丘サーファーが流行りました。

70年代よりも少し崩れたっていうか砕けた感じのヤワい感じが80年代なんでしょうか。。

本当に時代が変わった感じがしますね。。

このクルマは何と言ってもサンルーフが
印象的で当時あまり日本車には付いていませんでしたが、FF2ボックスタイプのこのクルマにはサンルーフがお似合いでした。

また、内装でもシートがすべて倒れるフルフラットシートなんていうのがあって
クルマが部屋みたいになって面白いクルマだったんです。


いまでは普通っていうか当たり前なの
かもしれませんが。。

当時は70年代から変わったばかりで、
新鮮に見たものでした。。

また、4代目ファミリアと違いボクシーなエッジの効いたデザインも斬新で格好が良かったのを覚えています。

1980年に発売して日本カーオブザイヤーを初めて受賞したクルマでもあります。

1980年~1985年まで作られました。

このクルマ1980年に発売して1982年には累計100万台も売ったらしいです。

いまこんなヒットするクルマないですね。。たった2年で100万台って。。
経営難のマツダも復活するわけです。

本日は旧車より少し新しい、とは言っても40年も前のクルマになるんですね。。立派な旧車ですね。

本日はバブル時代の憧れのクルマのお話でした。

 

本日も最後までお読みいただき

ありがとうございました。

時代の狭間のクルマ

1980年代半ばから1990年代前半まで日本はバブル景気により経済は活況を呈していました。

各企業においては新発売する商品は売れに売れ、売り上げも収益も過去最高益に達します。

そんな中自動車産業もご多分に漏れず開発費は湯水のように使え、奇抜な開発やそんなの市販するの?なんて、今思えばイケイケな感じの
時代でした。

1980年代初頭はまだ、1970年代を引きずっていて、どちらかというと戦後をひきづった感じのまだ、少し暗い感じが残る時代でした。

中盤から後半にかけてはバブル経済により、自動車産業も本当の意味で、70年代を払拭して、新しい開発が花開いて行ったのでした。

そんな1986年にトヨタスープラは発売されます。2000CCに加え3000CCもラインナップされます。

旧世代と新世代が混在する1980年代に入って開発された6気筒エンジン1G-GTEの2000CCツインターボと1960年代に開発された7M-GTEの3000CCターボを搭載したモデルです。

80年代中盤はわりと昔のものと新しいものの混在期みたいな感じで1960年台に開発されたエンジンもパッケージを変えて新しいもの的に発売されていました。

スープラはバブル景気とリンクしていて、ちょうどバブルが始まったころに発売し、バブルを象徴するモデルのひとつとして今も人気のある車です。

本日はそんなスープラに関してお話ししたいと思います。

 

トヨタ2000GTを意識したトヨタ3000GTとしてデビューします。

当初はリトラクタブルライトのその見かけと当時ではまだ珍しい200psオーバーのスポーツカーとして1時代を築くのでした。

基本になるプラットフォームはソアラと同様でした。細かい部分は多少違うのですが、エンジンもプラットフォームも同様だったのです。

そんなスープラもソアラ同様に当時最先端のデジタルメータを搭載し近未来を感じさせるクルマだったんです。

インテリアは最先端、エンジンも3000ccは200ps超えと当時の若者には大変魅力的なクルマに思えたものでした。

ソアラはラグジュアリーに振られスープラはスポーツカー系に振られた感じの棲み分けをしていました。

1988年にマイナーチェンジをおこないワイドボディーが登場します。

現在市場に残っているのは90%程度ワイドボディーが多く、初期モデルはほとんど見かけません。

1990年に本当の意味で新開発の2500ccエンジンJZ型エンジンが搭載されたモデルが登場します。

やはり1990年代に入るとようやく70年代を払拭した新開発のエンジンが登場するんです。

国内自主規制枠の280psを発生させるエンジンで、トヨタとしては初めて搭載したクルマとして話題になりました。

このころからエンブレムも新しいトヨタのCIを使った物に代わっていきました。

前の方がカッコよかったのは気のせいでしょうか。。?

80年代半ばまで60年代設計のエンジンを頑張ってチューンナップしてパワーを絞り出していたのが少々物悲しい気はしますが。。

それでも見てくれもカッコよく、ハイパワーエンジンにデジタルメーター騙されちゃいますよね。(新発売が本当の意味ではない)

確かに今見てもスタイリッシュでA80系のスープラよりもカッコいいと思います。

1991年まで発売された名車です。おりしもバブル景気も1991年を境に萎んでいき、それまでのイケイケが嘘のように静まり返っていきました。

バブル経済の反動はその後数十年引きずったまま日本の経済も停滞した感じですが。。

ちょうどそのころから就職氷河期があったり、若者のクルマ離れが進み、悪循環な感じで売れる車は低燃費やハイブリットなど今主流のクルマに代わっていきました。

80年代から90年代にイケイケだったクルマは廃れていきました。

しかし、クルマを楽しむことや、人馬一体的な感覚や言葉はなくなっておらず、やはり、今になってもこの頃憧れだったクルマ達に興味を惹かれ、クルマってこうだったよな。。という感覚を思い出させてくれる。

そういう意味において、1980年代から1990年代のクルマは貴重であり、次世代に残していきたいものだと思います。

しかしながら、古い車を取り巻く環境は決して良いものとは言えず、製造から15年以上過ぎると税金が上がるなどのことから、スクラップにされるものが多くあるのは悲しいことですね。。

本日はバブル時代は70年代が少し残る、でも後半は新しい時代の開発物が花開く感じでした。

時代の狭間のクルマスープラのお話でした。

 

本日も最後までお読みいただき

ありがとうございました!

もう少し後に時代なら

自動車産業の1980年代は70年代の暗い陰を引きずった時代で、中盤から訪れるバブル景気までしばらくの間暗黒の時代でした。

いつの時代も時代をけん引するというか時代をぶっ壊すというか先進的な考えを持った会社があらわれるもので、80年代半ばからはそんな会社が多く出現してきました。

1985年はプラザ合意がなされた年で、それにより日銀が貸付金利を大幅に下げ、土地や株などが活気づきいわゆるバブル景気が始まった年でした。

そんな追い風もあり、各メーカーは開発費を湯水のように使い、突飛なクルマやいまでは考えれないような面白いクルマをシレっと出してくる。

そんな時代に代わっていったんです。そんな1985年にホンダは3代目アコードを発売しました。3代目アコードには3ドアのハッチバックがあったんです。

昨今では5ドアのワゴンは見かけますが、3ドアのワゴンって面白いですよね。

この代のアコードはすべてライトがリトラクタブルで、エクステリアが2代目のそれとは明らかに違いました。

アコードだけでなく姉妹車のビガーもリトラクタブルで、プレリュードも同じくリトラクタブルで出すクルマすべてリトラクタブルライトなんではないかってくらいリトラクタブルライトでした。

流行っていたのか、各社1車種は必ずリトラクタブルライトのクルマが発売されていたものでした。

 

話は戻りますが、今では絶対に作らないであろう3ドアハッチバックのアコードを『アコード・エアロデッキ』です。

ロングルーフにリトラクタブルライト、ちょっと今のクルマよりホイールベースが長く、2600mmもあったんです。

斜め後ろから見る角度が一番カッコ良い気がします。

エンジンレイアウトはFFながら足回りは4輪ダブルウィッシュボーンを採用し、さすがバブル時代だけあってお金をかけていますね。

エンジンは発売当初は1800CCでしたが、しばらくするとB20ADOHC2000CCを搭載しました。

このエンジンはなんとシリンダーヘッドがアルミ製で非常に軽量でお金がかかっていたんです。当時はシリンダーヘッドはコスト面で各社鉄製が多く採用されていたのです。

しかし、時はバブル絶頂期メーカーの開発費も製作費も豊富にあったためあえてアルミを採用したのでしょう。

アルミヘッドのおかげもあり、当時、エンジン重量当たりの出力が世界一だったんです。

そんなアコードエアロデッキは個性豊かでカッコ良いクルマであったのですが、当時の日本ではあまり受け入れられることはなく、
販売面で苦戦を強いられたのでした。

しかし、エンジンも軽く、160psのパワーも車重も1200kgとそんなに重くなく。。

良いクルマだったんです。しかし時代が早すぎたのかも知れませんね。。

今いくらするの?

https://www.carsensor.net/usedcar/detail/VU0980447102/index.html?TRCD=200002

30年前のクルマにしてはまぁまぁな価格です。

絶滅危惧種なので、今ならまだ間に合いますね。

この価格で購入して直しながら保存していく。

なんて楽しみ方もアリなのかも知れませんね。

本日はバブル時代すこし時代が早すぎた?アコードエアロデッキのお話でした。

 

本日も最後までお読みいただき

ありがとうございます!

1990年代ホットハッチ

1980年代にFF2BOXカーとして5代目ファミリアが登場して以来ハッチバックは80年代から90年代にかけてバブル景気と同じようにパワー競争を繰り広げていきました。

1980年代中盤から日本はバブル景気へと突入しましたが、この時期6代目ファミリアが日本初の4WDのDOHCターボとしてラリーで活躍します。

マツダとしては次に繋ぎたかったのでしょうが、残念ながら6代目ファミリア以降はあまりパッとしない感じでした。しかしながら、1990年代に入り、ホンダがDOHCシビックを投入したことにより、各社2BOXの速い車を発売していったのでした。

トヨタはスターレット、日産はパルサーGTI、ホンダはシビックSIRと各社リッター100psを超える出力エンジンを搭載したモデルを次々発表していきました。

このころの三菱はミラージュでMEVICっていうエンジンを搭載し175psの出力で当初シビックのVTECの160psよりも若干出力が高くリッター約110psと今思えばバブル時代ならではのパワー戦争でそんなに出力がなくても日本の道路は十分に走れます。。

的なことはお構いなしにとにかくパワー、パワーを追い求めるのに必死な感じでした。

実際パルーサなどは230psもの出力があり4WDでありながら、ラリーではあまり好成績を残せず。。ラリーには出場していないものの、シビックはストリートや峠で活躍していました。

そんな1990年代のホットハッチは今一体いくらするのでしょうか。。?

https://www.carsensor.net/usedcar/detail/VU2422855310/index.html?TRCD=200002

おぉーありましたよ。この時代のミラージュはまだカッコいいですね。この後が悲惨なミラージュになってしまうので、ここまでなら許せるというか、まだいいかも知れませんね。

https://www.carsensor.net/usedcar/detail/CU7493023538/index.html?TRCD=200002

このミラージュが一番カッコいいと思いませんか?サイボーグ!バブル真っ盛りのころの一番高性能なクルマです。パワーウォーズど真ん中

https://www.carsensor.net/usedcar/detail/VU2409719457/index.html?TRCD=200002

このパルサーGTIでももう30年前なんですね。。先日発売したばかりで超バカっ速で驚かされたものですが。。この価格ならアリですね。。

https://www.carsensor.net/usedcar/detail/VU2480752944/index.html?TRCD=200002

クルマの性格上修復歴ありが当たり前でしかもこの価格ですね。。確かに地味ですがカッコ良くて速いEF型はレアで渋いと思います。

https://www.carsensor.net/usedcar/detail/VU1683026426/index.html?TRCD=200002

レアではありませんが、この価格でこの装備そして適度な古さはアリだと思います。

いかがですか。。?本日はバブル時代のホットハッチのお話でした。

まだまだ現役で走れそうなバブルのころのクルマはレストアしてもよし、乗ってもよし、眺めてもよし、でとても良いと思います。買うなら今購入して、維持しながら直したり、モディファイしたりするのも楽しいかもしれませんね。

 

本日も最後までお読みいただき

ありがとうございます!

1990年前半までの超好景気に

支えられた自動車の黄金期も

1992年以降バブル経済の崩壊

と共に陰りが見え始め、

少しずつ時代が変わっていきました。

 

 

 

それまでのイケイケの時代とは

打って変わりギスギスした、

無駄なものは排除する

節約や省エネがもてはやされてきました。

 

 

 

クルマも時代背景とリンクするもので、

前半に開発が進んだものは

発売したものもあれば

開発段階で、中止したものも

あったり様々でした。

 

 

 

企業も大きな痛手を受けた

ことは間違いなく、開発や

新車などがそれまでのように

頻繁には発売できなくなり

ました。

 

 

 

特に1995年以降2000年代

前半までは既存のクルマの

マイナーチェンジや同じ

プラットフォームを使った別のクルマ

を新発売するケースが多かったようです。

 

 

 

日産は2000年にZ32の販売を中止します。

それまでのように、ハイパワーの

クルマが売れなくなり、

 

開発にも費用をかけれなくなった

ためでしょう。

 

 

 

Z32は1989年バブル絶頂期に

登場し、バブル崩壊のあおりを

モロに喰らった1台とも言えます。

その後細々と販売を続けたものの、

次世代のクルマを開発することすら

できないまま約10数年の幕を

閉じることになったのです。

 

 

 

各企業のダメージは大きかった

のは間違いありませんが、

中でも日産の経営は危機的状況だったのです。

 

 

 

元々日産は戦前のコンツェルン

日本産業』の主幹会社の名残り

が色濃く残る超保守的で、

変化を好まない会社でした。

 

 

 

会社の規模は大きく安定は

していたため戦後国策で、

プリンス自動車と合併したそんな会社です。

 

 

 

基本は閉鎖的で保守的な会社なのです。

そのためバブル崩壊から、

なかなか脱出することが出来ず、

 

外部の力を借りることになりました。

 

 

ルノーのカルロスゴーンさんが

この会社の危機を救います。

 

 

 

そしてゴーンの号令のもと、

フェアレディZのブランド

が復活を遂げるのです。

 

 

2002年に2年のブランク

を空けて日産からフェアレディZ

Z33が登場します。

先代のZ32とは全く違う

プラットフォームは

スカイライン系のものを共用しており、

先代よりだいぶ小型化された感じです。

 

 

 

ロングノーズショートデッキは

まるで初代フェアレディS30を

彷彿とさせるルックスで、

 

少し小柄になったような印象で、

カッコいいスポーツカーが

帰ってきた感じがしました。

 

エンジンと走りに関しては、

VG30型の後継機種

VQ35型のV型エンジン搭載で、

発売当初こそ自主規制の280ps

 

でしたが、毎年改良を重ね、

最終的には313psと、

300ps越えのハイパワーを

発揮したクルマだったんです。

 

 

 

車種のラインナップは

2シーターのみの設定で、

by2はスカイラインに集約

ということだったらしいです。

 

別のクルマには集約って言わない

気がしますが。。

 

 

 

モータースポーツでは、

地味に活躍しているようです。

全日本GT選手権では、

2005年にタイトルを獲得しています。

 

 

そんなZ33も発売から、

十数年経過しており、

とはいえ、まだそんなには

ヤレていないことを考えると、

お買い得かもしれません。

 

 

 

一体今いくらなの?

 

 

 

Z33オープンモデルでこの

価格ですよ。

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低走行でも

この価格

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旧車にはもう少し時間がかかりますが、

将来価格が上がるクルマであると思います。

 

 

 

お探しの方は、

今最安値のお買い得です。

 

 

 

本日はバブル時代

その後世代のクルマのお話でした。

 

本日も最後までお読みいただき、

ありがとうございました!

悲運のスカイラインから

1979年から1981年にかけて
悲運のスカイラインジャパンが
フルモデルチェンジしてそれまでの

日産スカイラインとは違ったモデルになりました。

DOHCだけど4気筒

DR30スカイライン

なぜかSOHC6気筒を捨てDOHC4気筒エンジンを

採用していたのです。

 

当時日産にはDOHCの6気筒
エンジンはありませんでした。

スカイラインなのに何故か
4気筒だったんです。

 

それでもスカイラインとしては、
ケンメリGTR以来のDOHCエンジンである
と騒がれていました。

 

もちろん、グレードによっては
6気筒L型エンジンを搭載した廉価版の
モデルも存在していましたが。。

 

当時は4気筒のDOHCでも人気があり、

マイナーチェンジしたモデルでは205psを

発揮する当時のクルマとしては、

ハイスペックだったんです。

 

 

当時は200psを出すためには

相当お金をかけてチューンナップをしないと、

200PSには到達しない低出力の

エンジンが多かったのです。

 

 

新しい感を出すために1981年から悲運のジャパン

からDR30に変わりましたが1980年代前半は

70年代を引きずっていた感じがしますね。。

 

 

新しい感じはDOHCエンジンを搭載したことで、
出してはいますが、
実はこのエンジンは基本設計は1962年の設計なんです。

 

そのエンジンをボアアップして
シリンダーの長さを調整して
DOHCヘッドを載せたエンジンなんです。

なので、一応DR30スカイライン用に
開発されたことにはなっていますが、
根本の設計は図分昔の設計のエンジン
で、一から開発された訳では
ないんですね。

 

 

そんなこともあって4気筒エンジン
のスカイラインにGT-Rの称号を
与える話も出たらしいのですが、
開発責任者が6気筒でないため
その称号は与えなかったそうです。

 

 

このDR30スカイライン
1985年まで製造されていました。

 

日本のバブル景気が始まるちょっと
前の70年代から新しい時代が
始まる前のつなぎのクルマだった
という感じだったんですね。。

 

 

この後に開発されたR31スカイライン
には新型6気筒RBエンジンを搭載して
6気筒新型エンジンとしました。

6気筒のDOHCエンジンは
1969年に開発されたS20エンジン
以来のエンジンで新開発と言えば
そうなんですが。。

 

全く流用していないものが、
新型エンジンだとすると
これもまた完全に新開発ではありませんでした。

 

しかし、4気筒のスカイラインから
本来の6気筒エンジン、しかも
DOHCなら新開発と言っても
問題ないのでしょうね。。

 

日産は排気量の違いを
同じエンジンを使って表現
する手法だったので、
それを新開発と呼んでいたのかも
しれませんね。。

悲運のジャパンから

つなぎのDR30を経て

新開発のR31ですが。。

本当の意味ではホディーシャーシを
1から見直したR32スカイラインは
エンジンは別として新開発のクルマに
なったと言えるのかもしれません。

そういう意味では70年代を払拭した
80年代ですが、後半になって
初めて新時代となったのでしょうね。

やはり日本のクルマの
新時代は1990年以降なのかも
しれませんね。。

バブル景気で花開き、開発も自由に
できた時代のクルマが、
本当の意味で新時代の新開発の
クルマのなでしょう。

本日は悲運のスカイラインから
つなぎのスカイライン
そしてさらに新時代へのつなぎ

そして本当の新開発のクルマ登場

のお話でした。

最後までお読みいただき
ありがとうございました!

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