1970年~1977年
激動の時代を切り抜けて生産された
1960年代に始まった日本のモータリゼーションは1970年代に入って失速しました。
それまでの怒涛のような開発は鳴りを潜め、いままであったエンジンや補器類、更にはブランドまで消滅するほどの悲惨な状態が長く続きました。
それは中東戦争によるオイルショックと73年に始まる排ガス規制によるものからでした。
排ガス規制をくぐるためにガソリンを極力少なくエンジンに供給することが優先され、機械式のキャブレターからインジェクションへ変貌を遂げ、それでも規制に対応できないエンジンは廃版へと追い込まれました。
トヨタのエンジンや車種でいうと、2TGエンジンは規制をクリアできず
カローラレビンTE27・TE37、
スプリンタートレノTE47
は車種ごと廃版の憂き目にあいました。
そのほかにもいろいろなエンジンや車種が廃版の危機にさらされたり、実際に廃版になったりしました。
そんな中1970年から1977年まで販売され続けたTA20、TA30、特にセリカの特別モデルについて本日はお話したいと思います。
限定モデルだけだと分かりにくいので、セリカについてお話した後に限定モデルについてお話させていただければと思います。
セリカは1970年マスタングを真似た形のスペシャリティーカーとして販売を開始しました。
当初2ドアクーペのみの設定でしたが、73年にリアゲートが開くリフトバックが追加されました。
エンジン系は当初DOHC1600CCの2TGエンジンを搭載しましたが、マイナーチェンジにより2000CC18RG搭載車も投入されました。
70年代としてはそこそこの出力のあるエンジンで1600CCは115ps2000CCは145psと約50年前のエンジンとしては上出来なエンジンだったのです。
それが排ガス規制でめっきりダメになりインジェクションに変わり出力も落ちてしまいました。
更に75年の排ガス規制と76年の規制と相次いで規制が入ったことで70年代のクルマたち、特にスポーツカーは壊滅的なダメージをおってしまいました。
セリカも例外ではなくエンジンダメになり、ショボい車になり下がったタイミングで、安全基準の規制も入りクルマの大きさやバンパーなどにも規制が入りいよいよ末期的な感じになっていきました。
バンパーが大きくなり以前のようなカッコよさはスポイルされ本当にダサい見てくれになってしまいました。。本当に残念です。。
1977年にセリカが国内で38.5万台販売した記念に限定モデルを販売しました。
ブラックセリカ・リミテッドディションです。
限定385台の今では幻に近いクルマで中古市場でも相当高値で取引されています。
https://www.carsensor.net/usedcar/detail/VU0721892130/index.html?TRCD=200002
この車種でこの価格がアリかと言われればナシだと思うのですが。。市場の原理で希少価値に高値は仕方がないのかもしれません。。
以前なら二束三文だったはずですが。。このご時世なのでこの価格がつくのかもしれませんね。。
本日は規制をかかいくぐり生き延びた限定車セリカブラック・リミテッドエディションあについてお話させていただきました。
本日も最後までお読みいただき
ありがとうございます。