新時代へのつなぎエンジン開発!
1970年代は日本の経済は高度経済成長期で産業は活気づいていましたが、自動車産業にとっては暗黒の時代でした。
オイルショックと排ガス規制により60年代後半から盛り上がったモータリゼーションは急激に失速しそれまで元気に走っていたクルマのエンジンは排ガスを出さないように改良され、それによってパワーを失って行きました。
何か自動車というだけで、なんの楽しみもないただの道具のようになり、スポーツカーというカテゴリのクルマは、カタログから一時なくなってしまうほど低迷した時代でした。
70年代の終わりから各社さまざまな取り組みをしてきましたが、なにかパッとする物は少なく、その場限りというか付け焼刃というかなにか地に足がつかない。
そんなクルマが多く輩出されていました。
70年代が終わり80年代に入るとそれまで地道に取り組んだ開発がすこしずつ花開いたように各メーカーから少し元気になったエンジンを搭載したクルマが発売されていきます。
そんな1981年に6代目スカイラインが発売されました。
このクルマに搭載されたエンジンは直列6気筒のL型エンジンではなく、なんと4気筒のエンジンだったんです。苦肉の策なのか、つなぎでとりあえずなのか。。
次世代の直列6気筒とL型エンジンの隙間というか間をつなぐためのエンジンだったようです。
スカイラインに4気筒!?って思いますよね。。
たしかに過去スカイラインに4気筒はありましたが、廉価バージョンの車種に搭載されたエンジンたちで、フラッグシップとなる車種に4気筒エンジンは今までありませんでした。
そんな4気筒のつなぎのエンジンFJ20はツインカムヘッドを搭載し比較的高回転型のその当時は結構高出力型のエンジンだったんです。
とはいえ、NAで150psだったのでそんなに言うほど高出力ではありませんでしたが、そこそこのパワーではありました。
そのFJエンジンンにターボを搭載したのがFJ20ETは190psと当時は高出力に入る部類で1980年代前半においては高出力のスポーツカーといえました。
1984年にマイナーチェンジが施され、インタークーラーを搭載し190ps→205psへと200psの大台に乗る高出力エンジンを手に入れたのでした。
エクステリアもグリルレスに変更となりいわゆる『鉄仮面』と言われるルックスに変更されました。
特徴的なデザインはいまだに根強いファンがいるほど魅力的なクルマへと変貌を遂げていきました。
余談ですが、実はフラッグシップモデルは4気筒でしたが、グレードによってはまだ旧型のL型6気筒エンジンも健在で低グレードとバンなどは旧型エンジンを搭載しており、それはそれで発売されていたんです。
後にも先にもフラッグシップグレードが4気筒だったのはこのDR30 6代目スカイラインだけだったんです。
日産はこのモデルからモータースポーツにも復活し参戦するようになりました。
MC後の鉄仮面のルックスは当時結構センセーショナルで、それまでの日本車にはないグリルレスのルックスで大変人気の出た車でした。
バンは1990年まで販売されますが、それもあってなのでしょうか。。なんと40万台も販売した車だったんです。
そんなDR30は今一体いくらなんでしょうか?
https://www.carsensor.net/usedcar/detail/VU0887277048/index.html?TRCD=200002
なんと36年前のクルマで5.5万キロは
奇跡です。
が。。
この価格ですか。。
80年代の車ももう立派なクラシックなんですね。人気もあるせいか鉄仮面と言われているモデルは結構高値がついています。
https://www.carsensor.net/usedcar/detail/CU4758154962/index.html?TRCD=200002
前期のモデルでも走行距離というか。。モデルの人気のせいなのか相当高額で取引されています。
そんなDR30ですが、廉価バージョンはどうなんでしょうか。。?
https://www.carsensor.net/usedcar/detail/CU8250406593/index.html?TRCD=200002
完全にクラシックの領域というか価格ですね。。
もはや廉価版の面影はありません。立派なクラシックです。
バンはさすがに探せませんでしたが、おそらくそれもそんなに安い価格では手に入らないと思われます。
あの頃。。
1990年ごろはHR30は二束三文で売られていましたが、それもかれこれ30年も前の話なんですね。。
30年も経てば台数も減って価値も上がるって感じなんでしょうね。。
本日はバブル時代に結構いけていた4気筒スカイラインDR30のお話でした。
本日も最後までお読みいただき
ありがとうございました!