4WDアテーサ
1987年R32前の1980年代中盤から90年前半にかけて日本の経済はちょうどバブル景気に沸いていました。
自動車産業も黄金期と呼ばれる良い時代で出すクルマは売れまくり、開発費用は湯水のようにありあまり開発が失敗しても、あまり気にしないというか、また次に開発なんて、時代で様々なクルマが開発販売されていたんです。
1987年はまだR32GT-Rが出るほんの少し前で、乗用車の4WDは数える程度しか種類がありませんでした。
日産は80年代にMID4というコンセプトカーを発表します。
このコンセプトカーに搭載されていたのが、4WDで前後の配分を電子制御で行うというもので前後のトラクションのかかり方を極めて均等にかかるよう調整する機能付きの4WDが搭載されていました。残念ながら、市販されることはありませんでしたが、このコンセプトカーに搭載されていた仕組みを市販車にフィードバックしたのが、4WDアテーサという仕組みだったんです。
日本ではまだそんな仕組を搭載したクルマは発売されたおらず、アテーサを搭載した初めてのクルマがこの年1987年に発売されました。日産ブルーバードU12です。日本初のアテーサ機能付きのフルタイム4WDでブルーバードでも初の4WDだったんです。
パートタイム4WDではどうしても切替時に前輪と後輪の回転差が生じた際に回転差を吸収することができないことで生じる不具合があり弱点となっていたが、これを解消することができトラクションの配分を前後の回転に対応して4WDを機能させることができるので、雪道やラリーなどで活躍できるクルマとなりました。実際モーターレースシーンでは1988年の日本ラリー選手権で優勝するなどの活躍をしていました。
当初はCA18とCA16のエンジンをラインナップし1800CCのツインカムエンジンを主流としていましたが、マイナーチェンジでSR20型2000CCツインカムエンジンを搭載したモデルを投入してきました。
ラリーを前提にしたSSS-Rというグレードもあり、このグレードはニスモのチューニングバージョンで専用のエンジンフードというかエアインテークが付いた少々やる気がありそうなエクステリアだったりしました。
しかしながら。。1987年なのでいた仕方ないのですが、CA18エンジンはチューンナップしても175psと少々出力は小さく、1180kgと車重もそんなに軽くない、アテーサは確かに初めての仕組みではありましたが、今一つパッとしない感じのクルマとなってしまいました。
そんなブルーバードアテーサですが、今一体いくらくらいするのでしょうか?
https://www.carsensor.net/usedcar/detail/VU1432843466/index.html?TRCD=200002
まぁ年式相応っていうか。。走行距離も2ケタになっていますが、こんなものなんでしょうね。。アテーサも今となっては普通の4WD
だし、ワゴンってわけでもないし形がカッコいいってわけでもないし。バブルのころの予算だってたくさんあっただろうに。。なんでこんなクルマになったんだろう。。?ってすごく不思議に思えます。
あの頃って失敗しても、あまり気にしなかったってこと?何でしょうか。。?
この後にほかのクルマがバカ売れしたから、別に気にして無かったんでしょうね。。
本日はバブル真っ盛り少し残念な、でも画期的な仕組みを搭載したブルーバードアテーサのお話でした。
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